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横浜地方裁判所 昭和63年(ワ)2179号 判決

原告

相沢草生

ほか一名

被告

山本稔

ほか一名

主文

被告山本稔は、原告相沢草生に対し、一八八万五五八四円及びこれに対する昭和五七年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告相沢草生のその余の請求及び原告相沢恒子の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告相沢草生と被告山本稔間においてこれを二〇分し、その三を被告稔の、その余を原告草生の各負担とし、原告相沢草生と被告山本務間においては、原告相沢草生の負担とし、原告相沢恒子と被告ら間においては、原告相沢恒子の負担とする。

この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告相沢草生(以下「原告草生」という。)に対し、各自一〇三七万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、原告相沢恒子(以下「原告恒子」という。)に対し、各自二〇〇万円及びこれに対する前同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年一二月二三日午後五時二〇分ころ

(二) 場所 神奈川県横浜市神奈川区西大口五三番地先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 自動二輪車(一横浜つ六一二六)

(四) 右運転者 被告山本務(以下「被告務」という。)

(五) 被害者 原告草生

(六) 事故の態様 原告草生が本件事故現場道路を横断していたところ、進行してきた加害車に衝突され、後記傷害を受けた(以下「本件事故」という。)。

2  責任原因

(一) 被告務は、原告草生がバスを下車した後、対面信号が青色を表示したので反対方向に横断し、歩道に入る直前に、加害車を指定最高速度を超える五〇キロメートルの速度で進行して、原告草生に衝突させたものであり、速度超過、前方不注視の過失があり、民法七〇九条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

(二) 被告山本稔(以下「被告稔」という。)は、被告務が本件事故当時一七歳の高校生であり、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)も父親である被告稔が加入し、加害車の保管も行つていたものであり、加害車を保有し、自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法「自賠法」という。)三条により、原告らの後記損害を賠償する責任がある。

3  原告草生の受傷状況

原告草生は、本件事故により、左前額前頭側頭部及び左肩に傷害を受け、済生会神奈川県病院に四二日間入院し、同病院に二年間の内に四八日間通院したが、完治せず、左前額前頭側頭部に創瘢痕、骨の陥没があり、左肩甲部変形、左肩ケロイドの後遺障害が残り、前者は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表七級一二号に、後者は、同表一二級五号に相当し、併合六級の後遺障害が残つたものである。

原告草生の顔面の陥没状況は著しい醜状に当たる。原告草生は、左肩の中に針金が入つているが、それをはずすと骨がバラバラになるかもしれないということで針金を入れたままにすることになつている。そして、左肩を上まであげることはできず、右後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一〇級一〇号に該当するとも考えられる。

4  損害

原告らは、次のとおり損害を被つた。

(原告草生)

(一) 看護料 一五万円

(二) 入院雑費 四万二〇〇〇円

原告草生は、前記四二日間の入院期間中、一日当たり一〇〇〇円の入院雑費を支出した。

(三) 休業損害

原告草生は、本件事故により一八〇日間休業を余儀なくされ、右期間中、一日あたり三四〇〇円の収入を得られたはずであるから、次の計算式のとおりの休業損害を受けた。

(計算式)

三四〇〇円×一八〇日=六一万二〇〇〇円

(四) 傷害慰藉料 二一四万円

前記傷害により、原告草生が入通院したことにより受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

(五) 後遺障害慰藉料 九三〇万円

前記後遺障害により原告草生が受けた精神的苦痛を慰藉するためには右金額が相当である。

(六) 損害のてん補 二九九万円

(七) 弁護士費用 一一二万円

原告草生は、被告らが任意に右損害の支払をしないために、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、そのうち右金額を被告らが負担するのが相当である。

合計 一〇三七万四〇〇〇円

(原告恒子)

慰藉料 二〇〇万円

原告恒子は、原告草生の母であり、原告草生が、右傷害を受け、後遺障害が残つたことによる原告恒子の精神的苦痛を慰藉するためには、右金額が相当である。

よつて、原告草生は、被告らに対し、各自右損害一〇三七万四〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一二月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告恒子は、被告らに対し、各自右損害二〇〇万円及びこれに対する前同日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)の事実は認める。

2(一)  同2(責任原因)の事実中、(一)のうち、被告務が速度を超過していたことは認めるが、その余は否認する。(二)のうち、被告務が本件事故当時一七歳であつたことは認め、その余は否認する。

(二)  加害車は、被告務が当時アルバイトをしながら自ら購入したものであり、被告務の所有であつた。また、被告稔は、被告務が加害車を購入する際も全く関知していなかつた。保管場所についても、自宅前の私道上に駐車していたものである。また、自賠責保険についても、被告稔ではなく、被告務が加入していたものである。

被告稔は、加害車を一度たりとも使用したことはなく、被告務がレジャー用として使用していたものである。

親子の共同生活あるいは経済依存関係等の関係を加害車の購入費用の中に取り込んで親の責任を認める考え方をとるならば、未成年者が稼いだアルバイト収入が購入費用にあてられたことをもつて、その未成年者が親からの生活費等の扶養を受けていたからこそ、アルバイト収入を購入代金に当てられたということであり、親にも保有者としての責任が生ずるということになる。

しかしながら、これは、自賠法三条の解釈の中に親の子に対する扶養義務を考えず、親の子に対する扶養が子にとつて親からの恩恵と考え、生活費の面倒をみてもらつた分だけ子はアルバイト収入を他の費用に充てられたという考えに他ならない。換言すれば、実質上子が稼いだアルバイト収入を子は親に入れ、親の子に対する扶養義務の生活費の足しにしなければならないということに他ならない。しかし、子が自己の生活費を親から受け取るのは親の扶養義務からであり、子がアルバイト収入をいかように使用しても、親からの恩恵ではなく、子自身の財産処分行為である。したがつて、子がアルバイト収入の中から車両を購入しても、それは親が実質的に負担したことにはならない。また未成年者がアルバイト収入で得た収入は、予め、子が親から自由に処分を許されていた財産であつて、これに基づき子がアルバイト収入の中から車両を購入したものであるから、法律上も子自身の所有であることに変わりがなく、実質上も親が購入ないし負担したことにはならない。

したがつて、被告稔は父親といえども運行供用者責任は存しない。

3  同3(原告草生の受傷状況)のうち、入通院の事実は認め、その余は不知。後遺障害の程度は争う。

原告草生の後遺障害は、自動車保険料率算定会横浜調査事務所において、神経症状として自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級一二号、外貌醜状として同表一二級一四号、長管骨に奇形を残すものとして同表一二級八号に該当するものとし、併合繰り上げして一一級と認定されている。

4  同4(損害)の事実中、損害のてん補は認め、慰藉料は争い、その余は不知。原告恒子の慰藉料については親族固有の慰藉料が発生するとはいえない。

三  抗弁

1  消滅時効

(一) 本件事故の後示談の話し合いが昭和五八年八月一七日に行われたことがあるが、それ以後は、当事者双方で示談の話し合いは行われず、原告らは、被告らに請求していなかつたものである。そこで、昭和六一年八月一七日の経過をもつて損害賠償請求権は、時効期間が満了した。

(二) 被告らは、本件口頭弁論期日において消滅時効を援用する。

2  過失相殺

被告務は、加害車を運転して綱島街道を菊名方面から横浜方面に向け進行し、本件事故現場手前の交差点に差しかかつた。そのとき、交差点の対面信号が赤色を表示していたので、一時停止しようと思つて減速したままの状態で交差点を通過して約四〇メートルくらい進行したところ、対向車線側で信号待ちのため渋滞していた車両の間から、原告草生が左右を確認せず、突然加害車の進路上に小走りで飛び出してきたため、被告務は急制動の措置を講ずるとともに、ハンドルを左に転把して回避しようとしたが、回避の暇もなく、加害車の前輪右側、右ハンドル付近に原告草生を衝突させ、同人はその場に転倒し、加害車も左側に横転した。

本件事故後判明したことであるが、原告草生は、当時視力はほとんどなく、しかも耳が聞こえず、話もできない聾唖者であつて、重度の身体障害者であつた。

このような健康状態であつたにもかかわらず、介添え人をつけずに交通頻繁なきわめて危険な道路を一人で歩行していたこと及び身体障害者であることを第三者に知らせるための白い杖も使用しておらず、かつまた、付近に横断歩道があるのに横断歩道外を停止車両の蔭から急に飛び出した重大な過失があつた。通常の健康人であれば、当然被告務が前照灯をつけて進行していたわけであるから、加害車に気がついて事前に注意したはずである。それができなかつたのは、介添え人をつけずに歩行していたためであり、これが重大な事故の原因となつたものである。

右原告草生の重大な過失は、損害額の算定に当たり、十分斟酌されるべきである。

3  弁済

(一) 被告務は、昭和五八年一月三一日原告草生の昭和五七年一二月二三日から同月三一日までの治療費として、済生会神奈川県病院に一二〇万七五〇〇円を支払つた。

(二) 原告草生は、自賠責保険から後遺障害分として二九九万円の支払を受けている。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(消滅時効)の主張は争う。

2  同2(過失相殺)の主張は争う。

原告草生の左眼は、視力〇・六はあり、現在も一人で出勤しており、盲人ではない。したがつて、白い杖も必要ない。

3  同3(弁済)の事実中、(二)は認める。

五  再抗弁

原告恒子は、原告草生の代理人として、昭和六三年七月一三日被告ら宅を訪れ示談交渉をした。その際、被告らは、支払うものは支払うといいながら、自賠責保険で支払がなされているとして、五〇万円前後の額を提示してきた。

右のとおり、被告らの債務の承認により消滅時効は中断している。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は争う。

右日時の話し合いの内容は、被告稔においては、終始一貫、被告らが昭和五八年八月一七日に提示した示談額をそのとき受領してくれれば良かつたのに、今更請求されても支払に応じる意思がないことを主張していたものである。

したがつて、被告らは、時効期間満了後に、時効援用権を放棄する意思表示をしてはいない。

また、同日は、既に成人となつていた被告務は同席しておらず、時効援用権を放棄するはずもない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがない。

二  次いで、同2(責任原因)について判断する。

1  被告務の過失及び過失相殺の抗弁について判断する。

(一)  被告務が加害車を指定最高速度を超過して走行させていたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実、成立に争いのない乙一号証の一、被告山本務本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙七号証の二、撮影者、撮影年月日、撮影対象に争いがない乙一号証の二の一から二一まで(書き込み部分については、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる。)、撮影者、撮影対象については争いがなく、撮影年月日については被告山本務本人尋問の結果により被告ら主張のとおりであると認められる乙六号証、撮影対象については争いがなく、撮影者、撮影年月日については、被告山本務本人尋問の結果により被告ら主張のとおりであると認められる乙七号証の一(〈1〉から〈7〉まで)、証人森本輝久の証言、被告山本務本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

本件事故現場は、菊名、綱島方面から東神奈川方面に通じる歩車道の区別のある道路上(以下「本件道路」という。)である。本件事故現場の菊名、綱島寄り約五〇メートルの地点は、歩車道の区別のない道路と交差しており、信号機により交通整理のされている五叉路の交差点となつており、右交差点には、本件道路上に横断歩道が設置されている。路面はアスフアルト舗装がされており、平坦で、本件事故当時は乾燥していた。本件道路の車道幅員は七メートルであり、ほぼ中央にセンターラインがひかれ、前記交差点から東神奈川寄りは、直線で前方の見通しは良好であり、指定最高速度は時速四〇キロメートルに規制されている(詳細は別紙図面参照)。

被告務は、加害車を運転して、本件道路を菊名、綱島方面から東神奈川方面に向け進行し、前記交差点に差しかかり、交差点の対面信号が赤色を表示していたため、停止するため減速したが、青色に変わつたため、交差点をすぎ加速し、時速五〇キロメートル程度になつたとき、渋滞していた対向車線の車両の間から、小走りで出てきた原告草生を発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、加害車右前部を原告草生に衝突させた。

原告草生は、本件道路を東神奈川方面から菊名、綱島方面に進行してきたバスから西大口停留所で下車し、一〇メートルほど菊名、綱島方面に歩行進行してから、本件道路を横断しようとし、菊名、綱島方向の渋滞している車両の間から、本件道路を横断し、反対車線に小走りに出たところで、反対車線を進行してきた加害車に衝突された。

以上の事実が認められ、甲一三号証、原告相沢恒子本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告らは、原告草生は、前記交差点の信号にしたがい、横断歩道を横断中、本件事故にあつたと主張するが、右は前掲各証拠に照らして認めることはできない。

(二)  右事実に徴すると、被告務には、本件道路を進行するに当たり、対向車線が渋滞しているのであるから、その車両の間から横断してくる者がいるかもしれないことを予期し、進行方向及び右方に十分注意を払わなければならないのにこれを怠り、漫然と指定最高速度を上回る速度で進行し、右方ないし前方の安全確認が不十分であつた過失があり、民法七〇九条により、原告らに損害が発生していれば、賠償する責任があるというべきである。

(三)  また、本件事故発生につき、原告草生にも本件道路を横断する際、前記横断方法は、きわめて危険なのであるから、右のような横断をなすべきではなく、また、反対車線に進入する際、左方の安全確認をすべきであつたのにこれを怠つた過失があるものである。

2  被告稔の運行供用者責任について判断する。

(一)  成立に争いのない乙二号証、原本の存在、成立ともに争いのない乙三、四号証、被告山本務本人尋問の結果、被告山本稔本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

被告務は、昭和五七年当時は、満一七歳の高校二年生であり、父である被告稔方に同居していた。被告務は、加害車を昭和五七年一一月に購入した。二年間の月賦払いで毎月一万三〇〇〇円を支払う約束であつた。この支払は、スーパーマーケツトでアルバイトした収入を充てていた。その収入は、月額二万数千円であり、夏休みには月額五万円程度の収入であつた。被告務は、その中から家に一万円入れ、その残りを、加害車の代金支払に充てていた。被告務は、当初、被告稔にその購入の事実を隠していたが、その後、それが明らかになつたため、被告稔もそれを許し、自宅近くの私道において、専ら被告務にレジヤー用に使用していた。本件事故の際も、被告務のツーリングの途中であつた。被告務の生活費は、被告稔が負担しており、被告務は独立して生計を営んでいたわけではなかつた。

以上の事実が認められる。

(二)  ところで、被告稔と加害車の所有者である被告務との関係が諸般の事情に照らし、車両の運行を事実上支配管理することができ、社会通念上車両の運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にある場合には、自賠法三条所定の自動車を自己のために運行の用に供する者にあたると解すべきであるが、被告稔は、加害車の所有者である被告務が、加害車を購入したことが明らかになり、これを了承するに至つたのであるが、被告務は、被告稔の子であり、当時満一七歳で、被告稔方に同居し、高校生であり、生活費はすべて被告稔が負担していたというのであり、右事実関係のもとにおいては、加害車の購入代金を被告務が負担していたとしても、右は、被告稔が被告務を扶養していなければ、到底負担できないものであるから、右の親子の共同生活あるいは経済依存関係等の関係に照らすと、被告稔は、加害車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあつたというべきであつて、右車両の運行供用者にあたるというべきであり、自賠法三条により、原告らに損害が発生していれば、賠償する責任がある。

なお、被告らは、被告務がアルバイトで得た収入は、被告稔とは全く関係なく使用できるものであり、被告稔とは無関係であるとの趣旨の主張をするが、右は、親権、扶養関係についての視点を異にし、採用できない。

三  同3(原告草生の受傷状況)の事実について判断する。

原告草生が本件事故により入通院したことは当事者間に争いがない。右事実、原本の存在、成立ともに争いのない乙五号証、原告相沢恒子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲二、三、五、六、一一号証、撮影対象については争いがなく、原告相沢恒子本人尋問の結果により撮影日、撮影者が原告ら主張のとおりであると認められる甲九号証の一から八まで、原告相沢恒子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

原告草生は、本件事故により、頭蓋骨骨折、硬膜外血腫、硬膜下血腫、左鎖骨骨折の傷害を受け、済生会神奈川県病院に本件事故当日から昭和五八年一月一七日まで、同年三月二四日から四月七日まで計四二日間入院し、昭和五八年一月一九日から昭和六〇年一月二四日(実通院日数五五日)まで通院し、左鎖骨骨折については、昭和五八年七月一四日、頭蓋骨骨折、硬膜外血腫、硬膜下血腫、左鎖骨骨折については昭和六〇年一月二四日症状固定となつたが、完治せず、前額部前頭側頭部に長さ一四センチメートルの醜状痕があり、前頭部の前頭骨はやや陥没し、脳波は、徐波化を認め、軽度異常であり、鎖骨の変形治癒骨折及びケロイドにともなう醜状があり、また、骨折部位に金属を入れたままであるので、肩が上がらないという後遺障害が残り、自動車保険料率算定会横浜調査事務所で、神経症状として自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一二級一二号、外貌醜状として同表一二級一四号、長管骨に奇形を残すものとして同表一二級八号に該当するものとし、併合繰り上げして一一級と認定されている。

四  損害の認定に先立ち、消滅時効の抗弁について判断する。

1  前記認定事実、原本の存在、成立ともに争いのない乙九号証、原告相沢恒子本人尋問の結果、被告山本稔本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認められる。

被告稔は、被告務の法定代理人及び本人として、昭和五八年八月一七日原告恒子と、済生会病院において、本件事故についての示談交渉をし、四三万六一三二円を支払う旨の条件を提示したが、その際、恒子は、原告草生がまだ通院中であることもあり、原告草生の兄と相談するといつて、結論を出さず、一週間くらい後に、原告草生の兄から被告稔に架電があり、右の条件を受け入れない旨連絡があつた。そして、その後の三年間は、一切の交渉はなかつた。

原告草生は、その後も前記のように通院を続け、昭和六〇年一月二四日に症状固定したが、前記後遺障害が残つた。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告らが本件口頭弁論期日において、消滅時効を援用したことは、記録上明らかである。

3  右事実に徴すると、原告らの本件事故による損害賠償債権は、原告の症状固定した日である昭和六〇年一月二四日から三年を経過した、昭和六三年一月二四日の経過とともに消滅したものである。

五  原告らの消滅時効についての再抗弁について判断する。

1  成立に争いのない甲一四号証、原告相沢恒子本人尋問の結果、被告山本稔本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

昭和六三年七月二三日に至り、原告恒子は、原告草生の兄をともない、被告稔方を訪れ、原告らの損害を支払うよう交渉したが、その際、被告稔は、払わないとは言つていない、交通費だけではなく、慰藉料も請求するのか、交渉については、原告草生の兄に来てもらい、自賠責保険の保険代理店の荒井と連絡を取つて、被告稔の妻を原告ら方に行かせるなどと、原告恒子らに対し、話しをした。

この際、被告務は、当時被告稔と別居していたものであり、その場に同席していなかつた。

以上の事実が認められ、被告山本稔本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右事実に徴すると、被告稔の右の行為は、額については争つているものの、債務については、被告稔は、前記交渉の中で、払わないわけではないとか、交渉の方法にまで言及しているのであつて、右は、本件事故による損害賠償債務を自認していなければ、ありえないことであり、右を持つて、自認行為と評価することができる。そうすると、原告らの消滅時効の再抗弁には理由がある。

また、被告務についての、再抗弁の主張は、前記交渉につき被告務はまつたく関与していないものであり、また右交渉時被告務は、成人に達していたものであるから、被告稔がその法定代理人であつたというこもできず、理由がない。

したがつて、被告務は、本件事故による損害を賠償する責任はない。

六  同4(損害)の事実中、原告草生の損害について判断する。

1  付添看護料 八万円

弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲四、七、八号証、原告相沢恒子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告草生は、先天性聾唖者であり、意思の疎通が困難なことがあつたため、済生会神奈川病院に入院した昭和五七年一二月二三日から昭和五八年一月一一日までの二〇日間、原告草生の姉である猿田はやせが付添したことが認められ、右は、近親者の付添と目すべきであるが、同人が勤務を休んで付き添いしたことも考慮し、その額を一日当り四〇〇〇円を相当と認める。

2  入院雑費 四万二〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、原告草生は、前記入院期間(四二日間)、入院雑費として一日当たり一〇〇〇円を支出したことが認められる。

3  休業損害 二二万四三五六円

前記認定の事実に、前掲甲一号証、原告相沢恒子本人尋問の結果により真正に成立したと認められる甲一八号証、原告相沢恒子本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

原告草生は、横浜市身体障害者更生授産所クリーニング科で作業をし、昭和五七年一月一日から一一月三〇日までの一一ケ月間に合計四一万一三二〇円の収入を得ていたものであるが、本件事故のため、昭和五七年一二月二四日から昭和五八年五月一九日までの一四七日間及びその後に通院の際、作業をできず、原告草生主張の一八〇日(六ケ月)を下回らない日数作業ができなかつたことが認められる。

そうすると、原告草生の休業損害は、次の計算式のとおり右金額となる。

(計算式)

四一万一三二〇円÷一一ケ月×六ケ月=二二万四三五六円(円未満切捨て)

4  傷害及び後遺障害慰藉料 五八〇万円

原告草生の、前記のような傷害の内容、治療の経緯、後遺障害の内容、程度が重いこと、被告稔の本件事故後の対応が誠意に欠けること、被告稔の本訴における抗争状況その他本件訴訟に顕れた諸般の事情を考慮すると、原告草生の傷害及び後遺障害による精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、右金額が相当である。

小計 六一四万六三五六円

5  過失相殺

前記のとおり、本件事故の発生について、原告草生にも過失があるが、右を加害車の運転者である被告務の過失と対比すると、原告草生の身体状況その他本件訴訟に顕れた事情をも考慮すると、原告草生には、二〇パーセントの過失があるとするのが相当であるから、この割合により前記損害額を減額することとする。

小計 四九一万七〇八四円

6  弁済及び損害のてん補 四一九万七五〇〇円

原告草生が、自賠責保険から二九九万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、被告務が済生会神奈川県病院に一二〇万七五〇〇円を支払つたことは原告草生は明らかに争わないから、自白したものとみなす。したがつて、これの合計四一九万七五〇〇円を前記金額から控除することとなるが、右の一二〇万七五〇〇円については、原告草生が損害額として主張していないので、これに過失相殺した額である九六万六〇〇〇円を前記損害額に加算したうえ、右金額を控除することとする。

小計 一六八万五五八四円

7  弁護士費用 二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告草生は、被告稔が任意に右損害の支払をしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として、被告稔に損害賠償を求めうる額は、右金額が相当である。

合計 一八八万五五八四円

七  原告恒子の損害については、原告草生の前記傷害、後遺障害の程度では、近親者の固有の慰藉料を認めることができないことは明かであり、その請求は理由がない。

八  以上のとおり、原告草生の本訴請求は、被告稔に対し、右損害金一八八万五五八四円及びこれに対する本件事故の日である昭和五七年一二月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告稔に対するその余の請求及び被告務に対する請求、原告恒子の被告らに対する請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

事故発生状況図

〈省略〉

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